kotono in midnight

見た目はFabulous、中身はpolitical

彼女はなぜ、殺されなければならなかった?

こんばんは、Kotono in midnightです。

※今日の内容はトランス差別に触れます。読み進めるのは注意してもらえると嬉しいです。

具体的な話も少ししています…。

 

イギリスでブリアナ・ゲイさんというトランス女性が刺殺されてしまった。16歳だった。

警察は「ヘイトクライ厶とは言えない」と発表しているとのこと。どういう根拠でそう言っているのか知りたい。

彼女はなぜ、殺されなければならなかった?

 

小田急線のフェミサイドを思い出す。犯人は「幸せそうだから襲った」というようなことを言っていたし、その他の供述からも明らかに女性を狙った意思があることは明らかだった。それでも最後まで犯人は通り魔のような扱いをされていましたよね。

どうしても、思い出します。

 

日本からもご冥福をお祈りします…。なぜ殺されなければならなかったんだろうか。

 

イギリスと日本のトランスにおける法整備や環境は違うところがたくさんあっても、差別する側は大差ないんじゃないかと思います。大差ないというのは、どちらもありえない酷さが。

世界中に散らばっているトランスを差別する団体(なのか、一体なんなのか)や、保守的な差別主義者らは、差別の対象として・分断を仰ぐキッカケとして、トランスの人々を矢面に立たせるようなことをいつもしている。それらはSNS上で誰もが目にし、時に無知な人を扇動させる。異常だ。人がしんでしまう。

だから放置してはいけないんだれど、本当に見ていられなくなるから、私はほとんど見ない。

もう見ている世界が全く違うから。(どういう人のことを言っているかわからない人は、もう少し関心を持って欲しいなと正直思います。)

 

いつも、ほとんど存在しない人を自分たちの妄想で作り上げ、それをただ日常を生きている人に…生身の人間に、なすりつける。そして袋叩きみたいに、酷い言葉の暴力をふるう。異常だよ。自分で自分のやっていることがわかっていたら、あんなことはできない。でもきっと差別する側は自分の行いをわかっているんでしょうね。むしろクリアに。だからもう本当に、相容れない。異常なまでの自覚的な差別。

 

以前Twitterで「普通に、どこにでもトランスの人はいるのに」と呟いたら「そうじゃない、私たちはトイレや風呂の話をしている」みたいなことを、ペッと言われたことがある。これだけでなく、他にもいくつか酷い差別用語を投げかけられたことがあり、Twitterは無理だと思った。

だから私はトランス差別に抗議するとき、いつも間接的な手段を選ぶ。トランス差別を許さない人と話す。自分の思いを言語化できるよう努める。ヘイターに会わず、トランスの人々に会う。ネットよりも外に出ることをする。

私は特権を利用しています。特権を利用してしか、抗議できない。私はそういうやり方でしか、立ち向かえないんです。弱いです。でもだからこそ自分の特権に自覚的になり、それを最大限使っていくしかないと思う。

 

この前、私は正義の話をしました。「正義とは、弱者の側に立つこと」と、ある人の言葉を借りてはいるものの、これが私にとっての正義だと。

トランスヘイターも、ある種私と同じ定義で、正義を握りしめているんだろうと思います。掌に血が滲んでそのうち吹き出しそうなほど強く強く、握りしめている。それは私の正義とは全く別物だと言いたい。

だから、あちらに間違いを認めさせることはできないんだと思います。正義の皮を被った差別を手放したら何も残らないんだろうと思う。ずっと間違ってきたことを認めるなんて、差別主義者ができると思えない。

 

私はこれからも特権を利用して抗議するしかできないし、小さなことしかできないですが…。抗議することはやめずにいようと思っています。一緒にやれることやっていきましょうね…。

 

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大好きなHunter Schaferのワイルドでファンシーな写真でおしまい。