kotono in midnight

見た目はFabulous、中身はpolitical

加藤ミリヤ「SAYONARAベイベー」によせて

The First Takeで加藤ミリヤ「SAYONARAベイベー」がリリースされてて、一気に平成懐古厨と化した。さすがに喋りたい。

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加藤ミリヤの曲の主人公って、「地方のこじらせたギャル」感が強い気がする。正直、気がするというより…そうだよね?

地方って、こじらせたって、彼女がそうとか言いたいわけじゃない。(いやそうなんだとも思うが)独自のファッション性を貫き、多くのファンを熱狂させ、平成を代表するDIVAとして絶対的地位を獲得している。であればなぜ、「地方のこじらせたギャル」なのか───。

歌詞だ。歌詞がそうさせるのだ。

目を真っ黒にして泣きながらガラケー(折りたたみの)(デコってる)に書き溜めた、高速で打ち込まれる、率直で鬱屈とした言葉たち。

そしてその言葉たちはだいたい、満たされた恋愛をしていれば出てこないものなのだ。何を隠そう、「SAYONARAベイベー」は不倫の曲。疑いようがない。

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こんな歌詞いま誰が歌える?どのSNS探したって見つけられない。This is 平成の宝。

てかなにが『愛してるよ こんなにも』だよ。なめるなよ?お前にとって愛とはなんだ?答えをはぐらかすな。おい、アッ!電話切ってんじゃねぇッ!!

…えー、何よりbabyをベイベーと言うセンスね。babyじゃダメなんだ!ベイベーじゃないとこの曲は完成しない。ベイベーと、この女(ヒト)は、つぶやいているから………。

地方のこじらせたギャルは、同級生と恋愛しない。不幸を招くち〇こを引っさげた年の離れた男が彼女達の前に現れ、まさに"熱い視線"で"導かれ"る。あいつらはただのウザいおっさんでしかないが、なんせ舞台は地方だ。はんぱねぇ性欲による執念が彼らを無双させる。まともに人を愛せやしないのに、こじらせたギャルの養分を吸い付くし、ボロボロにする。(腹立たしい。(笑))ギャルたちはどうしても"大人"を求めてしまう時期がある。ぎこちなくも愛とはなにか共に模索するセックスより、スムーズで愛のないセックスに溺れてしまうのだ。溺れてボロボロになって、その"すごくツライ。"気持ちを"愛"だと錯覚する。

あと単純にこのメロディ、車で聴くのが1番しっくりくる。まじ車ソング。親の車借りて1人運転して泣きながら聴くのよ。彼の車に乗ってるときには聴けないよ……。

そう、まさに加藤ミリヤが書く歌詞には彼女たちが、地方のこじらせたギャルたちが宿っているのだ。ベイベー………。

こんな恋愛はいつまでもしていられないと言わんばかりに、加藤ミリヤはもう30代後半で、結婚して子どもが3人いらっしゃる。私たちもこんな恋愛をいつまでもしていてはならないのだ。(私たち?)

平成にしか生まれ得なかった「SAYONARAベイベー」、令和に聴くと、甘くほろ苦いスイーツをホテルのレストランで食べるような心地がしました。(つまりどゆこと)

機会あれば加藤ミリヤについて語ったり、カラオケで歌ったりしましょう。ありがとうございました。